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マイスター |
No3 2004.10.28
雪印乳業の汚染牛乳や三菱自動車の欠陥車、東海村の臨界事故、H2ロケットの打上げの失敗等が相次いだことで日本の「ものづくり」が本当にこれでいいのかと日本のものづくり大国としての自負が揺らいでいた。そこでドイツのマイスター制度を学ぼうという議論が起きてきた。しかし、その後のIT特需によって日本の製造業が再び勢いを取り戻しかけてきたら、今度は「ドイツがIT化、自動化に乗り遅れたのはマイスター制度があるからだ」という。
第二次世界大戦で共に敗戦を経験し奇跡的な復興を成し遂げた「ものづくり大国」日本とドイツ、両国のものづくりの違いは教育制度の違いが根底にあるということはあまり知られていない。
職人になるためには、ドイツでは12歳までの基礎学校(義務教育で日本の小学校に当たる)において子供たちの個性や能力を見極め、15歳までの基幹学校(義務教育で日本の中学校にあたる)では自分が将来なりたい職種と今している勉強がどう結びついているかを学び、職種と社会の関わりから自分に適した職業を捜す。そして15歳になると就職する(ただしこの場合個人と企業の契約ではなく企業と労働局との契約になる)、この期間の就職はまだ勉強の場であり週に1〜2回選んだ職業の職業学校で理論を3年間学び、そして資格試験に合格すると一人前として扱われ給料も一人前になる。
その後実務を会社で5年間程学んだ後退職し、マイスターを受けるための専門学校に入学(1年間で最終給与の60%は国が保証)する。マイスター試験に合格するとマイスターという称号が与えられ立派なプロの職人になる。
このように手厚く選択肢の多い職業教育システムがドイツのマイスター制度であり、一人一人の適正な能力を発揮出来る制度になっている。
これに対して日本の制度はどうであろうか?職業を自分で選択する為の材料も与えられず、自力学習、自力判断、自力保証が中心で常に総合評価で子供の優越を計るような制度では一人一人の適正な能力の発揮は難しいであろう。日本の子供に最近目立つ職業意識の希薄化、モラルの喪失は何か関係があるのではないか。
「マイスターとは手作業による仕事の伝統を維持し、そのレベルを保持し、後継者を育てるための制度である」
(K記)
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常 識 |
No2 2004.10.20
常識という言葉を辞書で引くと@ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断力。A「共通感覚」に同じ。と出てくる。本来常識という言葉にはこのように、普通、一般、標準の意味があるはずだが、最近は「個々の常識」?が幅をきかせ過ぎているような気がしてならない。
国家レベルの話でも、最近のアメリカは自分たちの常識(ブッシュ大統領の常識)が世界の常識と思っているのではないだろうか。先進大国のアメリカと宗教も民族も違う発展途上の小国の常識が違うのは明らかであり、それに気付かないのは世界から傲慢(ごうまん)と言われてもしかたがない。
自分の常識が相手の非常識である限り、お互いに心を通わせるということは難しい。お互いに自分の常識だけでなく、相手の常識にも目を向けてやる心があれば少しは地球上から紛争が少なくなるのではないかと思う今日この頃である。
(K記)
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プロジェクトX〜挑戦者たち〜 |
No1 2004.10.19
先日NHK「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」のキャスター、国井雅比古氏の話を聞く機会があった。10月の放送で155回を超えるプロジェクトを紹介しているが、山形県の出身者が多く登場していることはあまり知られていないかもしれない。第1回放送の富士山レーダーで当時の建設工事の現場監督を務めた伊藤庄助さんや、日本初の国産旅客機YS−11開発リーダーの土井武夫さん、初めて日本にやってきたパンダ、「カンカン」「ランラン」の飼育係を務めた本間勝男さん、立川町の風力発電等等。
150人を超えるプロジェクトリーダーの中で国井さんが一番心に残っている人物として、2001年に放送された瀬戸大橋建設のリーダー杉田秀夫さんをとりあげられた。私自信もこの番組の大ファンで番組の8割近く観ていると思うが、この回の放送が一番心に残っている。
愛媛県丸亀市出身の杉田さんは東京大学を卒業後国鉄に入社し将来を嘱望された天才技術者であったが、国鉄を辞め(周囲は出向を薦めたが本人は退路を断ち)周囲の反対を押し切り四国と本州を結ぶ瀬戸大橋の建設に賭けた方です。杉田さんはいつもプロジェクトの先頭に立ち、技術者は自分の目で確かめなくてはいけないと自ら潮の流れの激しい海底に飛び込んだり、難航する地元漁師との交渉に臨んだりしながら一大プロジェクトを成し遂げました。
「逆境の中でやり遂げる執念が必要だ、後の世に人に笑われない仕事をしよう」
そんな大プロジェクトの陰で杉田さんは奥さんの病を誰にも言わずに、黙々と看病と、3人の娘の子育てをやり通し、奥さんが無くなってからは一線を退き3人の娘の子育てに専念する。
「偉大な人生とは何か?橋を作るより、もっと難しい人生がある」
杉田さんの仕事にも子育てにも真っ直ぐに打ち込む姿を観て、娘を持つ親として不覚にも涙ぐんでしまった、私にはこれだけの思いを持って子育てをすることが出来るだろうか。
(K記)
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